「長年貸している土地を、そろそろ返してもらいたい」
「自分や子供が土地を使いたい」
「建物も古くなっているので、今回の更新を機に借地契約を終了できないだろうか」
「立退料を支払えば、土地を返してもらえるのだろうか」
地主の方から、このような相談を受けることがあります。
しかし、普通借地権では、契約期間が満了したからといって、地主が当然に土地を返してもらえるわけではありません。
借地人が契約の更新を求めたり、期間満了後も土地の使用を継続したりした場合、地主が更新を拒絶するためには、原則として**「正当事由」**が必要になります。
そして、この正当事由は、「地主が土地を使いたいから」という理由だけで決まるものではありません。
また、「高額な立退料を支払えば借地を返してもらえる」というものでもありません。
では、何を基準に判断されるのでしょうか。
今回は、地主の立場から、実際の判例をもとに正当事由の考え方を見ていきます。
1.そもそも「正当事由」とは?
借地借家法6条では、地主が更新を拒絶する場合について、主に次のような事情を考慮するとしています。
- 地主が土地を使用する必要性
- 借地人が土地を使用する必要性
- これまでの借地関係の経緯
- 土地の利用状況
- 地主から借地人に対する立退料などの財産上の給付
つまり、
地主側と借地人側の事情を比較し、これまでの経緯なども含めて総合的に判断する
ということです。
したがって、
「契約期間が終わった」
「自分の土地なのだから返してほしい」
「もっと有効活用したい」
という事情だけで、当然に借地を返してもらえるわけではありません。
逆に、地主側に土地を必要とする具体的な事情があり、借地人側の土地利用の必要性がそれほど高くなく、さらに相当な立退料を提示するなどの事情があれば、正当事由が認められる可能性は高まります。
重要なのは、一つの事情だけで判断しないことです。
2.「立退料を払えば返してもらえる」は間違い
地主の方からよく聞かれるのが、
「いくら払えば出てもらえますか?」
という質問です。
しかし、正当事由を考える場合、最初から立退料の金額だけを考えるのは適切ではありません。
立退料は、基本的には正当事由を補完するものだからです。
これを非常によく表している判例があります。
3.多額の立退料を提示しても正当事由が認められなかった事例
大阪地判平成5年9月13日・判時1505号116頁
この事案では、地主側から非常に高額な立退料の提供が問題となりました。
しかし、裁判所は、金額だけを見るのではなく、地主側が土地を必要とする事情と、借地人側がその土地を使用し続ける必要性などを比較しました。
借地人側では映画館等の事業が行われており、その場所を利用する必要性が強く認められる事情がありました。
その結果、多額の立退料の提供があっても、正当事由は認められませんでした。
ここから重要なことが分かります。
立退料だけで正当事由を作り出すことはできない。
ということです。
地主側の土地使用の必要性が弱く、借地人側の必要性が非常に強い場合、その差を金銭だけで埋めることが難しいケースがあります。
4.一方、立退料によって正当事由が補完される場合もある
これとは逆に、立退料が重要な役割を果たすケースもあります。
最判平成6年10月25日・民集48巻7号1303頁
この最高裁判決では、正当事由を補完するための立退料等について、一定の場合には、事実審の口頭弁論終結時までに行われた提供や増額の申出を考慮できると判断しました。
つまり、最初に提示した金額だけですべてが決まるわけではありません。
訴訟の中で地主側・借地人側の事情が明らかになり、それを踏まえて立退料を増額することで、正当事由が補完される場合があります。
ただし、この最高裁判決も、「お金を積み増せば必ず土地を返してもらえる」と言っているわけではありません。
ここが非常に重要です。
正当事由を考える場合には、まず地主側と借地人側それぞれの土地使用の必要性などを検討し、そのうえで立退料が利害を調整する要素として機能する、と考えた方が分かりやすいでしょう。
5.では、地主側の「土地を使いたい理由」はどこまで重要なのか?
当然、重要です。
しかし、「自分の土地だから自分で使いたい」だけでは十分とは限りません。
たとえば、「自宅を建てたい」「子供の家を建てたい」「事業で使用したい」「隣地と一体で建替えたい」「老朽建物を整理して土地を有効利用したい」
など、地主によって事情は異なります。
ここで重要なのは、その計画がどの程度具体的なのかです。
単に、「いつか使いたい」という程度なのか、
それとも、「○年後に自宅を建築する必要があり、具体的に資金計画や建築計画まで進めている」という状態なのか。
同じ「自分で使いたい」でも、事情の重みは変わってきます。
6.借地人側の事情も同じくらい重要
地主側の事情だけ調べても、正当事由の判断はできません。
借地人側についても確認する必要があります。
例えば、
その土地が生活の本拠なのか。
長年そこで商売をしているのか。
その場所でなければ事業継続が難しいのか。
代わりに利用できる土地や建物があるのか。
借地上の建物はどのような状態なのか。
こうした事情です。
ここで、今回読んだ平成6年10月25日最高裁判決と、平成5年大阪地裁判決を比較すると、正当事由の考え方がよく見えてきます。
土地利用の規模、利用の必要性、代替可能性などによって、立退料による調整が機能するケースと、巨額の立退料でも埋められないケースがあるということです。
7.底地を購入した地主の場合、「買った経緯」も見られる
もう一つ、地主にぜひ知っておいていただきたい判例があります。
最判平成6年6月7日・判時1503号72頁
この事案では、新しい地主が借地権の存在を前提として土地を底地価格で取得していました。
最高裁は、借地人側に相続税支払いのため借地権を処分する必要があったことなども含めた事実関係のもとで、地主の更新拒絶について正当事由を認めませんでした。
これは非常に興味深い判例です。
地主が、
「土地を買ったのだから、今度の更新で借地人に出てもらって土地を使いたい」
と考えていたとしても、その土地をどのような状態・価格・経緯で取得したのかまで判断材料になり得るからです。
借地権が存在することを知ったうえで、その負担を反映した価格で底地を取得したのであれば、その後の更新拒絶を考える際にも、その取得経緯を無視することはできません。
正当事由では、現在の事情だけではなく、そこに至るまでの経緯も重要なのです。
8.地主から相談を受けたとき、当社が最初に確認したいこと
ここまで読むと、「では、自分の場合は正当事由があるのだろうか?」と思われるかもしれません。
実際には、契約書だけを見て判断することは難しい問題です。
当社では、まず借地関係を時系列で整理することが重要だと考えています。
たとえば、
「いつ借地契約が始まったのか」
「当初どのような目的で貸したのか」
「これまで更新を何回しているのか」
「更新料や承諾料などの授受はあったのか」
「借地上の建物はいつ建てられたのか」
「建替えや増改築はあったのか」
「地主と借地人の間でこれまでどのような話し合いがあったのか」
「現在、誰がどのように土地・建物を使用しているのか」
「地主はなぜ土地を返してもらいたいのか」
「借地人には代替できる土地や建物があるのか」
といった事情です。
これを時系列にすると、地主側に有利な事情、不利な事情、さらに調査が必要な部分が見えてくることがあります。
9.「立退料はいくらか」を考えるのは、その後です
地主としては、どうしても、「結局いくら払えばいいのか?」が気になると思います。
しかし、最初に金額を決めるのではなく、
地主側の正当事由はどの程度あるのか
↓
借地人側の土地利用の必要性はどの程度あるのか
↓
これまでの借地関係にどのような経緯があるのか
↓
移転・代替は現実的に可能なのか
↓
その差を金銭で調整できるのか
という順番で考えた方がよいでしょう。
平成5年大阪地裁判決のように、多額の立退料でも正当事由が認められないケースがあります。
一方、平成6年10月25日最高裁判決のように、立退料の提供・増額が正当事由を補完するケースもあります。
つまり、
立退料の金額を考える前に、自分の正当事由の「強さ」を知ることが大切です。
10.借地を返してもらいたいと思ったら、まず現状整理から
借地問題では、
「地主だから返してもらえる」
「契約期間が終われば返してもらえる」
「高額な立退料を払えば返してもらえる」
と単純に考えることはできません。
一方で、「借地権は強いから、地主は何もできない」ということでもありません。
重要なのは、地主側と借地人側の事情を整理し、これまでの経緯、土地の利用状況、代替可能性、立退料などを一つずつ検討することです。
そして、いきなり借地人に、「次回は更新しません」と伝える前に、まず自分のケースではどのような事情が正当事由として評価され得るのかを整理しておくことをおすすめします。
一度発言した内容や提示した条件は、その後の交渉にも影響することがあります。
当社では、借地契約書だけを見るのではなく、借地が始まった経緯から現在までの事情を時系列で整理し、地主様が今後どのような選択肢を検討できるのかを一緒に考えていきます。
借地の更新、土地の返還、底地の売却、借地人との話し合いなどでお悩みの場合は、お気軽にご相談ください。
※本記事は一般的な情報提供を目的とするもので、個別案件について法的判断を行うものではありません。紛争性が高い案件や法的判断が必要な場合には、弁護士等の専門家と連携して対応することが重要です。